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目指すは平均点の親?

子供を育てていると、どうしても親である自分にも完璧を求めてしまいがちです。しかし親だって人間ですから、なかなか完璧にはなれません。それは専業主婦でも仕事を持っている人でも同じことで、誰しもなんらかの完璧でない部分をもって育児を行っているのです。でもそれは決しておかしいことではなく、むしろもっとも人間らしさが表れる部分だと言えます。

平均点を取れれば十分と思う

仕事でも勉強でもスポーツでも、頂点を極められる人というのはごくわずかです。並大抵ではない努力と少しの才能を持った限られた人たちの領域であり、そのような才能に恵まれた人でも極められる分野は1つか2つ。ほとんどの人が「普通」と呼ばれる領域で生活しています。しかしひとたび育児となると、なぜか誰もが頂点である「完璧」であろうとするのです。しっかりと子供を育てなくてはいけない、という責任感が強い人ほどそういった傾向にあるようですが,同時に完璧になれない自分を追いつめてしまう結果となっています。また、仕事をしながら育児をしている人も悩んでいることが多いようで、専業主婦と比べると子供にさける時間が少ない分、あらゆる面で完璧になろうとしてしまいがちなのだそうです。

しかしよく考えてみると、1人の人間ができることは限られています。そのなかで母親業も、主婦業も、さらには仕事もとなると完璧にこなせる人の方が少ないのです。ですから大体平均点ぐらいの出来で十分だと思いましょう。むしろ、1人で何役もこなしながら平均がとれる自分をほめるべきです。専業主婦の人だって主婦業と母親業の1人2役なのですから十分頑張っているといえます。完璧ではない自分を責めて悩んでいたとしてもきっと結論は出ませんし、おそらく自分が満足できる親にはなれないでしょう。なぜ完璧になれないのかと悩む前に、ギリギリでもそこそこ頑張れている自分をまず認めてあげるようにしてあげてください。

肩の力を抜けば、子供への接し方にも変化が

親として完璧であろうとすることは、同時に子供にも完璧を求めることになります。そのためどうしても叱る場面が多くなり、子供も委縮してしまいがちです。自分の意見をうまく言えなかったり、内向的な性格になってしまったりとあまりいい影響はないでしょう。しかし親自身が発想を変え、完璧な親であろうとすることをやめれば、言い方は悪いですが子供へ求めるハードルも多少下がります。子供がなにかを上手にできなかったとしてもイライラしたりすることも減り、おおらかな気持ちで接することができるはずです。

そうすると、今まで気付けなかった子供のよい部分に気付くことができるかもしれません。たとえば勉強は得意ではないものの、ものすごく絵を描くのがうまかったり,運動は苦手でも、文章を書くのにとても秀でていたりと,親が重視していたこととは違う部分の才能を見つけられるかもしれません。完璧を求めすぎないということは、親の精神的なプレッシャーを軽くするだけでなく,子供にもいい影響を与えることもあるということを、ぜひおぼえておいてください。

親のなかでもとくに母親はやはり子供と接する機会が多いため、どうしても常に完璧であろうとしてしまうものです。しかし完璧を求めれば求めるほど現実とのギャップや、頑張っているのに認めてもらえないモヤモヤがたまってしまいます。必要でもないのに、自分で自分を追いつめてしまっているのです。もし今、自分はダメな親だと悩んでいる人がいたら、どこがダメなのかもう一度考えてみてください。もしかしたらそれは思い込みで、そこまで悩む必要はないかもしれません。むしろ、ダメな親だと悩めるのであれば十分いい親であるという証拠です。ぜひ自信を持って、これからの育児の励みにしてください。