いじめを受け入れる!

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いじめの中での教育

いじめを受け入れるということ

いじめはある程度「受け入れる」しかない

別のページでも詳しく述べていますが、基本的にいじめはなくなりません。弱者が強者に弄ばれるのは、自然社会に根差した理でもあるからです。反発もあるでしょうが、いじめはある程度「受け入れる」しかないでしょう。 それから初めて「何ができるか」を考えるべきです。やみくもにいじめを根絶しようとする動きは、あるいは意味がないことかもしれません。

人間性あふれる行為だからこそ

しばしばいじめがニュースで取り上げられるときには、「人間性を疑う」という表現が使われます。しかし、同種の仲間に自殺の練習をさせたり蜂の死骸を食わせたりするのは、基本的に人間だけです。皮肉を込めて言えば、 これは「人間性あふれる行為」とも言えるわけです。よって、いじめを、人間性を培う「道徳教育」でなくそうとする行為は、ほぼ無意味です。

受け入れて生きる、とは

いじめを受け入れる、とは、いじめられるままになる、ということではありません。「いじめられている」という認識を正しく持ち、誰かに相談する、という行為です。

子どもたちがもっとも犯してしまいがちな失敗は、いじめられているときはただ黙ってその行為に耐える。やがていじめが終われば自分自身がいじめる側に立ち、復讐する、と言いものです。 これでは結局、いじめは連鎖して、やがて自分に戻ってくることになります。

いじめられている、と認めて誰かに相談するのは屈辱的です。できればそんなことは、自分の心の中に秘めて生活していきたいでしょう。しかし、そういった薄暗い感情を抱えたまま成長すると、いつか鬱積したものが反社会的な形で暴発する恐れもあります。

子どもに、「いじめられたらすぐに相談しろ」「やり返すな、まず話せ」親としてそんな言葉を掛けてあげるのが、いじめに対してできる最良の対策ではないでしょうか?

中には、「男なんだから自分でどうにかしろ」「やられたら倍にして返せ」などと子どもに発破をかける大人もいるそうです。しかし、親にまでそんな厳しい態度を取られると、子どもはこの世界から居場所を失くしてしまいます。 家庭でもリラックスできないいじめれっ子が、すべてに絶望して「自殺」という悲しい選択を取るのも、ある意味では必然です。

いじめはなくならない、まずその事実を親が受け入れて、子どもに的確なアドバイスを与えてあげてください。正面から向き合えば、必ず具体的な対処法が見えてきます。