Category : 親たちへ

いじめを非難するいじめ合戦

最近では大津の中学校でできたいじめによる生徒の自殺が問題なり、その後も全国のいじめによる自殺が数多くニュースになりました。いじめは立派な犯罪です。それ自体をバッシングするのはいいのですが、途中からバッシングを通し越して完全ないじめに発展しているのは滑稽としか言いようがありません。

ネットや電話などの匿名手段を使っていじめ関係者を徹底的につるし上げ、スケープゴートにして、我が身を正当化する。これをいじめと言わず何と言えばいいのでしょうか?こんな調子だから本当にいじめ被害に遭っている方達は、いじめがなくなる希望を持てないでいるのだと思います。

昔からたくさんあった陰湿ないじめ

一時期ニュースで連日のように取り上げられたので、最近になって陰湿ないじめが増えているような錯覚に陥ります。しかし陰湿ないじめは大昔からずっと変わらず存在しますし、数が極端に減ることも増えることもないのではないかと思われます。

ただメディアが発達し、マスコミに限らず個人単位での情報発信が容易になったおかげで、昔は報道されていなかったような事案まで明るみに出ているだけなのです。

増えたのは自殺者、うつ病患者

いじめ自体は昔から数多くありましたし、その陰湿さも大差ありません。それでも自殺者やうつ病患者が増えている背景には、もっと別の大きな問題が絡んでいるのかもしれません。それは核家族化や地域のつながりの希薄化に伴う個人主義の発達です。

昭和のようにご近所とのお付き合いが減り、家族も両親と子供のみという家庭が増えたことで、他人は他人、自分たちは自分たちという考えが強くなりました。なるべく他人の干渉をせず、干渉もされずという都会的な生活が好まれた結果、いざという時に助けになる関係も薄れてしまったのです。

親に言えなかったことを、ただ聞いてくれる祖父母やご近所のおじさん、おばさんの存在。年の離れた兄弟の存在。そういう存在がどんどん消えていったこともきっと関係しています。そして教師はそういう希薄な関係に育った世代が小学校で子ども達の相手をしています。さらに両親はいても共働きで悩みを言っても仕方のない存在になっているのかもしれません。 いろんなこと要素が重なり、現代ではいじめられる子ども達(大人も!)が逃げ場のない状況に陥っているのです。

→自殺・うつ病等対策プロジェクトチームとりまとめについて

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